Chocolate Time キャラクターと語る

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022.抱擁

 一人の人間が、主に腕を使ってもう一人の身体を自分に(ある程度強制的に)触れ合わせる行為のことを『抱擁(ほうよう)』と言います。ラブストーリーになくてはならない行動ですが、そのシチュエーションはさまざまです。

 

 ところで、この抱擁という行為を英語では『hug(ハグ)』あるいは『embrace(エンブレイス)』と言います(スペイン語では『abrazo』フランス語で『Étreinte』ドイツ語では『Umarmung』さらに中国語で『擁抱』と言うらしいです)が、小学館の『プログレッシブ英和中辞典(第4版)』によると、

 

hug

[動](他)…を(特に愛情を持って)抱き締める, 抱擁する;〈クマが〉〈人などを〉前足でかかえる/〈気持ち・信念などを〉いだく, 固執する/…のそばから離れない/〈船・歩行者・車などが〉〈岸・縁石などに〉接して行く, …の近くを通る;〈道などが〉…に沿っている;道[コース]に接して(小回りに)回る▼(自)しがみつく, 抱きつく, くっつき合う, 寄り添う▼[名]抱擁/《レスリング》抱え込み

 

という意味らしいです。

 

 ただ、気をつけなければならないのは『抱擁』も『hug』も、『一方的である』ということ。『彼が彼女を抱擁する』という言い方はできても『彼と彼女は抱擁した』とは言わない。あくまで片方がもう一人を『抱く』ということであって、『抱き合う』ということではないことに注意しなければなりません。かと言って『二人は抱擁し合った』と言うのもなんか変ですね。言葉での表現としてはやはり『二人は抱き合った』とか『お互いの身体を抱きしめた』という感じになります。

 

 ベッド上でのラブシーンではまず100㌫抱擁という行為があります。二人がハダカになって熱くなれば、繋がり合う時に相手の身体を抱かない訳にはいきません。そりゃまあ後背位(わんわんスタイル)や騎乗位、その他のアクロバチックな体位でのエッチの場合は、相手の身体を積極的に抱いたりしないこともありますが、その前後ではやっぱり相手の身体を抱きたくなるでしょう?

 抱擁という行為はノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)の一つです。これは言葉を介さないコミュニケーションという意味で、顔の表情や身振り、動作などで相手に気持ちを伝えることを意味しています。とすると、抱擁という行為もその主体者が相手に対して何らかの気持ちを伝えようとしていることになります。

《心を許しあった二人》

 相思相愛、両思いのカップルの場合は、何の問題もなく安心して画も物語も描けます。愛する人に抱かれて、身も心も安心し、また熱くなっていくというとっても幸せなシーンですからね。お互いがお互いに対して『好きだ』という気持ちを抱擁するという行為に込めているわけです。相手が好きになれば、接近欲、接触欲が生まれ、肌を触れ合わせたい、身体をくっつけ合いたいと思うのは至極自然なことです。

《とまどい・拒絶》

 抱かれる方にその気があまりない、あるいは、突然抱かれてどう反応していいかわからない、というような、ドラマの中では揺れ動くシーンによく使われますね。男女で言えばオトコの方は(極端な言い方をすれば)愛がなくても相手とくっつきたいと思うもの。だけど女性の方はその時心を許していなければ抱かれたいとは(もちろん抱きたいとも)思わないはずです。その気持ちのギャップがとまどいや拒絶という態度に出るわけです。現実にはこういったケースの方が多い訳で、お互いが求め合って抱き合う、という幸運な状況にはそう簡単にはならないと言えます。

 また女性の方が積極的で男性がとまどう、というシチュエーションは、拙作『Chocolate Time』シリーズには意外に多く見られます。それは登場する男性諸氏の多くがシャイだからです。

《切なくて》

 好きなのに別れなければならない、とか、相手が不憫で、かわいそうで、というシチュエーション。思わず抱きしめずにはいられない、という衝動的な行為ですが、抱きしめる本人や抱かれる相手が感極まって涙を浮かべることも多いですね。ドラマではこういう場面はいわゆる一つの山場になりますし、そうでなくても登場人物にとっては非常に重要なシーンであることが多いです。

《キス》

 キスする時はたいてい相手の身体を抱きます。愛し合って、幸せな気持ちで交わすキスシーンは、純粋に熱い気持ちを込めればいいだけですが、「もう泣かなくていいから」という思いや、「やっとこうして抱き合えるね」といった止むに止まれぬ気持ちが一緒になると、小説や漫画の場合その前後の文章や画にはより深く思わせぶりな表現が必要になります。特に画の場合は、その顔の表情や腕の回し方、指のカタチなどで微妙な心の綾を表現しなければならないので、描く時にはかなり気を遣います。

《燃え上がる》

 さて、いよいよ二人はクライマックスを迎えます。そのものずばり、エッチシーンで抱き合う二人です。僕自身は登り詰めるその瞬間、お相手にぎゅっとしがみつきたい衝動にかられます。ある研究によると、ヒトは性的なエクスタシーが最高になると、平衡感覚が麻痺してしまい、その浮遊感に不安を感じて思わず何かにしがみつくのだ、と言われています。相手のことが好きだという気持ちとこの不安感によって、燃え上がった二人はお互いをより強く抱きしめ合うのでしょう。

 人間は非言語的コミュニケーションを、顔の表情、顔色、視線、身振り、手振り、体の姿勢、相手との物理的な距離の置き方、また服装や髪型、呼吸、声のトーンや声質などによって行っていると言われています。ただこの『抱擁』については国や民族によって捉え方や慣習が違うことを考慮しなければなりません。日本ではただの親しい知り合いとハグし合うことはまずありませんが、アメリカなど西欧の文化圏の大部分では普通に肩に手を置いて抱き合い、親愛の気持ちを表しますよね。

 ちなみに非言語コミュニケーションを最初に研究対象としたのはチャールズ・ダーウィンの『人及び動物の表情について』(1872)とされています。ヒト以外の動物でもその温かさを求めて抱擁し合う種類があるそうですよ。